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タイムカプセル

短編

 のりこはおとなしい。特に仲のいい子としか、話さない。
 授業でタイムカプセルを作ることになった。先生は、20歳になるまで開けてはいけないと言った。それはとてもわくわくする話だった。
 のりこは前日に、クレヨンで一枚の絵を描き、それをカプセルに入れることに決めていた。鮮やかな緑色の地面に、ぱらぱらとお花が咲いている絵だ。
 のりこは絵画を小さく折り畳み、カップラーメンのカップの中に詰め込んだ。同じ形のカップをぱこっとかぶせてフタをする。これを紙粘土で覆い、乾かし、色を塗り、ニスを塗り、再び乾かせば、タイムカプセルは完成だ。

 則子は19歳になり、大学へ通うためにアパートで一人暮らしをすることになった。彼女の部屋は引っ越しの準備でごった返している。
「うわあ、なつかしい」
則子は部屋に1人きりだったが、そう口に出して言わずにはいられなかった。次から次へと出てくるがらくたの中から、紙粘土のタイムカプセルを発見したのだ。
「でも。ほんと、これって誰のものだったんだろうな」
則子は12年前に思いを馳せた。

 のりこはそれをうさぎの形にした。2本の耳がぴんと天井を指すうさぎは、みんなに「かわいい」と騒がれ、のりこはそれがとてもうれしくて、得意になっていた。
 その日は、一週間前に乾かした紙粘土に色を塗る作業。タイムカプセル作りも大詰めというわけだ。みんなは自分の作品を持って、机に運んで行く。
 そこで、のりこは見てしまった。のりこのうさぎが誰かの手によって運ばれていくのを。
 あれ、あのうさぎ。耳が一本取れちゃったけど、あたしのだよ。
 それあたしのだよ。
 のりこは黙っていた。先生に話しかけてもらうまで黙っていた。
「のりちゃん、どうしたの?」
「あたしのが、ありません…。」
 すでに数個しか残されていないカプセルの列を見るのが、寂しかった。
 不思議なことに、カプセルの行方不明を先生に告げたのはのりこだけではなかった。ほかにも男の子が2人、自分のものがないとしょげていた。真っ白な紙粘土のかたまりだから、間違えて持っていってしまうのも、無理はないのかもしれない。乾かすときは、作品に名前を書いていなかったのだから。
 けっきょく、残されたカプセルの中から自分の作品に近いものを選ぶことになった。のりこが選んだのは、にっこり笑う、宇宙人のような物体だった。耳が2本生えている。ただし、うさぎのように横ではなく、縦に一列。まさに宇宙人だった。うさぎではない。 それに、とのりこは思った。あたしのうさぎはもっと表面がすべすべしている。丁寧に作ったんだから。こんなに雑じゃない。自然と、のりこは心の中で、うさぎを持っていってしまった子を「犯人」と呼び、憎んでいた。
 黙っていた。納得できなかったが、黙っていた。
 実は犯人を知っていた。片方の耳が取れたうさぎを持って行くところを見ていたのだから、「犯人」が誰か、分かっていた。

 それでも黙っていたのはなぜだろう。12年経った今考えてみても、答えはよく分からない。ただ、ひどくシャイな子供だったことは、よく覚えている。なんて損な子供時代だったのだろうと、則子は心の中で苦笑いした。
 完成した宇宙人のタイムカプセルを家に持ち帰ったときの、母親の微笑みもまた忘れられない。おもしろいものを作ったのね、と言われた。確かにわたしらしくなかった。わたしは当然のように本当のことを言い出せずに、あいまいに笑い返したものだ。とにかく苦い経験で、それらにかかわるなにもかもが強く記憶に残っていることを、思い知らされる。
 あぐらをかいて床に座る。12年前の宇宙人を、足と足の間に挟む。カッターを片手に、解剖を試みた。
 紙粘土ってけっこう硬いんだ。
 目一杯の力を込め、宇宙人にメスを入れていった。じゅうぶんに切れ目を入れたところで、2つのカップラーメンの合わせ目に親指をさし込み、左右にひっぺがした。ばりばりという音を立てて、宇宙人がまっぷたつに裂ける。宇宙人の笑顔は、12年前に出会った瞬間も、つい先ほどがらくたの山から見つけ出されたときも、こうしてまっぷたつにされても、変わらない。その子供のような無邪気な笑顔のせいで、則子はほんのりと切なくなった。ちゃんと、自分の気持ちを思ったままに伝えていられたら、ここにあったのはあのかわいらしいうさぎの耳のタイムカプセルだっただろうに。しかしそれと同時に今は別のわくわく感が湧き上がっていた。これの中身を用意したのはわたしではない。いったい何が入っているのだろうか?

 タイムカプセルから転がり出てきたのは、プラスチックのカップだった。プリンなのか、コーヒーゼリーなのか、どちらでも良いのだが、丁寧に底の突起は折ってある。中身はお皿に出して食べたようだな……。
 則子の顔が自然とほころぶ。
「ほんと、誰だよ。タイムカプセルにこんなもの入れたのは」
 そして、やはりこの宇宙人はわたしのうさぎではなかったのだな、と思った。しばらく眺めた末に、カップはほかのがらくたたちと共にゴミ箱に投げ入れた。
 もういいんだ。今は今のわたしが好きだから。

end

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